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2006年11月21日 (火)

MDB的短期連載小説「青い帽子」(四)

MDB的短期連載小説 「青い帽子」 (四) 】


 「青い帽子」(三)からの続き.....


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 僕がそう言うと老人は、熱意という名のオーラが充満しているまんじゅう屋から目を離して、僕の方へと視線を移した。その瞬間、太陽の光が老人の掛けている丸眼鏡に反射して、僕の顔へと向かってきた。その神々しいまでの光を受けて、思わず目をつむってしまった。


 目の前が真っ暗になり、周りの音が全く聞こえなくなった。さっきまで騒がしかった周囲の人々のざわめきも、目の前を行き交うバスのエンジンの音も、一日の始まりを不安と期待を交えて呼び掛ける鳥たちのさえずりも。何もかも聞こえなくなってしまった。まるで異次元の世界に入り込んでしまったかのように。


 何もない世界。ただあるのは静寂と暗闇のみ。その静寂と暗闇も、時間が経つにつれてだんだんと消えていってしまう。そしてたどり着くのは本当に何もない世界。僕の存在自体も消えてしまう世界。精神も肉体も。何もかも消えてしまう。僕がこの世界に入り込む意味はあるのだろうか。そんなものはないだろう。全ての意味さえも消えてしまう世界。意味するものなど存在しない世界。


 あの老人もこの世界に来ればもっと楽に生活することが出来るのに、と思ってみても、その考えもすぐに消えていってしまう。そしてどこかわからない、ずっとずっと奥の方へゆっくりとゆっくりと落ちてゆく。それは別に落ちてゆくのが見えるのではなく(暗闇さえもない世界なのだから)、肌に感じるのでもなく(僕の身体も存在しないのだから)、ただなんとなくわかるのだ。僕の存在自体消えてしまったのに、周りの物全てが消えてしまったのに、それなのにただなんとなくわかるのだ。そんな不思議な気持ちさえも、ゆっくりとゆっくりと落ちてゆく。


 そのうちに自分自身もゆっくりとゆっくりと落ちてゆくのがわかる。僕の存在などもうすでに消えてしまっているのに。ただなんとなくわかるのだ。ただなんとなく。落ちてゆく先には一体何があるのだろうか。何もないだろう。このまま落ちてゆくと一体どうなってしまうのだろうか。どうにもならないだろう。何もない世界なのだから。このまま流れてゆく時間に身を任せて、ただただ落ちてゆくだけなのだ(実際には時間など流れていないが)。


 でも僕はわかっている。落ちてゆく先に一体何があるのか。この何もない世界に、ただ一つ存在しうる物があることを。それに向かって今落ちていっているのだ。だんだんと見えてくる。まだ遥か先の方にあるが、ぼんやりと見えてくる。


 でも僕にはそこにあるものがわかるのだ。時計の短針が一日に二度「9」という数字を指すくらい確実に。常昭寺の和尚さんが、夕暮時に吉克という小坊主の一人を呼んで、「おい、吉克。おまえちょっとこっちに来い。この三百七十六年にも及ぶ常昭寺の歴史の中で、最も尊いものと言い伝えられているこのケヤキの木。おまえこの木に小便をひっかけたそうじゃな。なんちゅうことをしてくれたんじゃ。この罰当たりめが。この先祖代々奉ってきた木を何だと思っとるんじゃ。えらいことをしおって。もうおまえみたいな奴はこの鍾乳洞にでも入っとれ。このクソガキめが」と叱られた吉克が、涙を流すのを一生懸命堪えているのに、ほんの一滴が子羊のような眼からこぼれたのをきっかけに、次から次へと涙がとめどなく落ちてしまい、「もう二度とこんないけないことはしないぞ」と心に誓うには誓うのだが、三日もすればすっかり忘れてしまい、またいたずらに精を出すことになるくらい確実に。そのくらい確実に、そこにあるものが僕にはわかるのだ。


 しばらくすると、ずっと下の方に何やら光るものが見えてきた。だんだんとその光の方へと近づいている。その青い光はまだぼんやりとしているが、その形は次第にはっきりとしてくる。何もない世界に唯一存在するもの。あの老人が人生を掛けて探し求めているもの。それは、青い光を放ちながら、次第に僕の方へと近づいてくる。いや、僕の方が、その唯一の存在に向かって近づいているのかもしれない。そんなことは別にどっちでもいい。とにかく近づいているのだ。もうすでにはっきりとした形を捉えることが出来る。それは見えるのでもなく、肌で感じるのでもなく、ただなんとなくわかるのだ。ただなんとなく。


 そして、その唯一の存在に、そこにあるはずのない手が届きそうになった瞬間、どこからともなく、さっきまで騒がしかった周囲の人々のざわめきや、目の前を行き交うバスのエンジンの音や、一日の始まりを不安と期待を交えて呼び掛ける鳥たちのさえずりが、大音響で鳴り出した。後に残るのは暗闇の世界だけ。しかし、そこから脱出するには、ただゆっくりと目を開ければ済むことだ。ただゆっくりと、ゆっくりと。


 「青い帽子にここまでこだわってしまうのは、もはや意地でしかないのかもしれん。青い帽子を求めてもう二十年くらい経ってしもうた。それでもその間に大したことは何もわからんかった。だがもうここまで来たら、後に残るのは意地だけじゃ。必ず何らかの意味を青い帽子から掴んでみせるんじゃ。きっと掴むことができるはずじゃ。それがわしの人生なんじゃ。

 青い帽子の意味を求めるきっかけは忘れてしまったが、そんなことは関係ない。いや、もしかしたら、そのきっかけを思い出すために、こうして青い帽子について調べているのかもしれんのう」


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  「青い帽子」(五)へ続く.....

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